名古屋市の礎を築いた「清州越し」

名古屋市は現在では、東京、大阪に次ぐ大都市です。

東京は徳川家康による江戸幕府の設置によって大きく発展しました。

名古屋の都市化も、それとほぼ同じ年代と言えます。
その大きなきっかけとなったできごとが「清州越し」です。

天下分け目の「関ヶ原の戦い」以前の尾張の中心は清州にありました。

戦国の世を治める最大の立役者となった織田信長が居城を構えた所です。
徳川家康は、関ヶ原の戦いで勝利をおさめ実権を握りながらも、大坂の豊臣家と対峙することとなりました。
そのため、江戸と大坂の間にある尾張の地域の重要性が増しました。徳川家康は、1609(慶長14)年、水害に弱い清州ではなく、海陸の交通の連絡が便利な那古屋の台地に城を構える計画を立てました。
翌年の1610(慶長15)年から、西国諸大名の天下普請によって、築城の工事が開始されました。

1612(慶長17)年には、名古屋城を北端とし、南北に現在の本町通り、東西に伝馬町通りが整備され、名古屋市の基礎ができあがりました。
これに伴って、清州から町人ばかりでなく、神社仏閣も名古屋に移りました。

1616(元和2)年には、関ヶ原の戦い以前には約2700戸あった清州の町屋は、ほとんど主を失い名古屋に移転しました。
現在でも、清州越しを経験した旧家が、伝統と格式を誇っています。

名古屋の歴史は知れば知るほど、深いものです。是非とも歴史ある名古屋での出会いを楽しんでください。